理念が形骸化する、しない、その境目とは
- Ikegami Tomoko
- 7月1日
- 読了時間: 3分
更新日:7月28日
東海地方で長く続く賃貸住宅の仲介会社さんの、周年記念誌をつくったときの話。
普遍的な言葉ほど、扱いは難しい
その会社の考え方の土台になっているのは、「お客様第一主義」という言葉だった。おそらく、コーポレート・アイデンティティだとかブランディングだとか、そういう概念が企業経営に持ち込まれるより前に掲げられたものだと思う。
こういう普遍性のある言葉は、ともすれば企業にとっては扱いが難しい。いつの間にか壁に貼ってあるだけになってしまう可能性もある。社員の方が日々の業務にどう落とし込めばいいのか分かりにくい、ということにもなりうる。
驚くほど、機能していた
ところが、この会社は違った。経営層や各事業の責任者の方にお話をうかがって驚いた。この言葉が具体的にどう仕事になっていったかというエピソードが、次から次へと出てきたのだ。
部屋探しをするお客様に、どうすればもっと分かりやすく情報を届けられるか。そう考えた末に、自分たちで住まいの情報誌を創刊した。写真や間取り図が入った、当時としては画期的なものだったらしい。結果として、出版が事業のひとつになった。
オーナー様に対しても、同じことが起きていた。管理をまるごと任せたい方もいれば、退去の立会いだけ、水道料金の管理だけをお願いしたい方もいる。ならば、そういう部分的なメニューも用意しよう。そうやって選択肢を増やしていったことが、後に事業の大きな武器になった。
家賃の保証も同じだ。連帯保証人を立ててほしいというオーナー様の声に応えるかたちで、保証を担う会社をグループ内に新しくつくった。しかもこれは経営から降りてきた話ではなく、支店長など現場の人たちから上がった声が発端だったという。
言葉が、組織の中で存在感と説得力を持ち、力づよく機能していた。
成長は、目的ではなく結果だった
こうしたエピソードをうかがいながら気づいたのは、どれも構造が同じということだった。
自社が成長するために新しい事業を始めよう、という発想がこの会社には見当たらない。目の前のお客様の要望やお困りごとにどう応えるか。それを深く掘り下げ、真っ当に、地道にくり返す。その結果として新しいサービスが生まれ、事業になり、会社が成長する。
半世紀のあいだ、それがずっとくり返されていた。だから記念誌の最初のページには、目の前の仕事を深掘りしつづけた歩み、という趣旨の一行を掲げた。
理念は、実例でできている
会長にお話をうかがったときの言葉が、いまも残っている。相手のためになる仕事をする。それが自分たちの成長につながる。特別なことをしてきたのではなく、人として当たり前のことを大事にしてきただけなのだ、と。
これを聞いて「お客様第一主義」が、この会社でこれほど力を持っているのは、経営のためのテクニックとして掲げられたものではないからだと思った。人としてどうあるべきかという哲学が言葉になった。だから具体的な仕事に自然と表れる。
言葉をつくることを仕事にしているわたしが言うのもなんだけど、言葉がそれ単体で機能することは少ない。相手がインナーであれアウターであれ、その言葉に触れ、体感することで、はじめて機能するのだと思う。
言葉が形骸化するのは、言葉が悪いからではなくて、実例が足りないからなのかもしれない。逆に言えば、実例があれば、半世紀前に掲げられた素朴な一行が、存在感と説得力を持ちつづける。この会社は、そのことを教えてくれた。
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